【5分でわかる】姫路城の歴史・城主をわかりやすく解説!作った人は誰?

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兵庫県にある国宝「姫路城」。

外観の美しさはもちろん、お城としての構造もしっかりしています。保存状態もいいので、国内でも屈指の人気を誇るお城です。

 

今回は、その姫路城の歴史を解説していきます。

実際に訪れるときに知っておくと、城めぐりはより楽しくなるはずです。600年以上の歴史を短くまとめているので、訪れるときの豆知識として活用してみてください!

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姫路城の特徴

まず姫路城について、簡単にまとめます。

◆築城年:1346年?

◆初代城主:赤松貞範?(初代城主と築城年は定かではない)

◆最後の城主:酒井忠邦(1868年)

◆登録:国宝、重要文化財、特別史跡、ユネスコ世界文化遺産

◆城の種類:平山城

◆別名:白鷺城(しらさぎじょう)

JR姫路駅から徒歩15分ほどの場所にあり、駅からも天守を見ることができます。

かれこれ600年以上の歴史を持つお城で、江戸時代〜現在まで保存状態良く残っています。

いつ作られた?誰が作ったのか

姫路城がある姫山には、最初は砦が作られました。1333年のお話です。

当時この辺りで勢力を強めていた「赤松氏」の則村が、ここに砦を建てました。

 

ちょうどその頃は、鎌倉幕府が滅亡したとき。

国内は動乱の時代へと突入しつつありました。

 

その後、赤松氏の一人である赤松貞範が1346年、姫山に城を建てます。これが現在の姫路城のもとになっています。

赤松貞範という武将は、砦を築かせた則村の次男。南北朝時代には北朝方である足利尊氏の味方になり、室町幕府の確立に貢献しています。

【ここから始まった】南北朝時代の姫路城

南北朝時代は、赤松氏が播磨国(兵庫県付近)を治めており、その一族の小寺氏が姫路城の城主をしていました

しかし、1441年の嘉吉の乱で赤松氏は断絶。代わりに勢力を強めた山名氏が城主となります

そんな山名氏ですが、1467年に応仁の乱で勢力を落としたところで、再興した赤松氏に姫路城を奪われます。赤松氏は播磨を再び治めるようになり、その家臣である小寺氏が再び城主となりました

 

その後、小寺氏の家臣であった黒田氏が、姫路城の城主となります

大河ドラマにもなった黒田官兵衛も、この家出身です。

黒田孝高(官兵衛)も姫路城の城主となります。戦の知識に長けていた官兵衛は、自らが戦で姫路城に篭った際、3000人の敵を300人の兵士で撃退したとされています。

【安土桃山時代】秀吉とも関係あり

鉄砲を撃つための穴「狭間」

羽柴秀吉(のちの豊臣)は、姫路城の城主にもなっています。黒田孝高が、秀吉が中国地方を統治する際の要所として使うことを提案し、姫路城を譲り渡したとされています。

秀吉は姫路城の城下町を整備。そして、3層の天守を築き、城の名前を現在と同じ「姫路城」としました。

その後、天下統一の拠点である大阪城に秀吉が移ると、弟の秀長が城主に

 

しかし、豊臣氏は関ヶ原の戦いで没落し始めます。

代わりにその戦いで勝利した徳川方についた武将である池田輝政が、功績を讃えられて姫路城の城主となりました

【江戸時代】大改修が行われ今の形に|千姫にもゆかりがある

関ヶ原の戦いの後、池田輝政は姫路城の大改修を始めます(1601年)。この改修は9年間かかり、ようやく完成。現在と同じような姿になりました。

その池田氏ですが、3代目の光政は幼かったため、違う場所へと移されます。

その後は本多忠政が城主になります。ちなみに本多忠政は、徳川四天王である本多忠勝の息子です。

忠政は、さらに三の丸や西の丸を増築。姫路城をより強固なものへ発展させていきます。

 

忠政の息子である忠刻は、千姫と結婚しています。千姫は徳川家康の孫娘としても有名なので、名前を聞いたことがある方も多いと思います。

家康の孫娘なので、結婚相手の本田家にも多額のお金が入ってきました。10万石ほどといわれており、今で言うと100億円にもなるそうです。

そんな時代に、姫路城の西の丸などが増築されました。

 

本田氏以後の城主は、松平氏・榊原氏・酒井氏など、早いペースで城主が変わっていきました。

姫路城は西の要です。したがって、江戸幕府にとっては絶対に抑えておかなければならない場所。そんなこともあり、譜代大名(幕府に忠実な大名)が置かれていますね

 

そして、10代目酒井氏の忠邦のとき、明治維新で城主はいなくなりました。

【明治以後の歴史】戦争中は燃えなかったの?

明治維新後は、当時の陸軍省の管轄となります。

 

そんな中で、姫路城は2つの奇跡が重なります。

一つ目は、取り壊しを逃れたこと。多くの城が取り壊しとなる中、姫路城は陸軍の中に保存を求める人もいたことで保存されることになりました。

二つ目は、空襲などで燃えなかったこと。戦時中にあまり被害を受けず、その姿を保てたことは奇跡です。

 

そういった2つの奇跡も重なり、姫路城はほぼ原型を留めたまま、現在も残っています

姫路城の魅力・見どころ

時代によって異なる石垣の積まれ方(写真は大天守の石垣)

姫路城の魅力は、大きく分けて2つあります。

 

1つ目は、ここまで書いてきた「歴史」です。

このお城には、様々な武将が関わっています。天下人である秀吉にもゆかりがある場所です。

そんな姫路城には、今でもこれら武将の名残があります

特に有名なのは石垣です。秀吉の時代、池田氏の時代など、それぞれの城主の時代に築かれた石垣が残っています。実は築いた城主によって特徴が異なるのが、姫路城の石垣。この異なるポイントを探しながら見ると、一味違った楽しみ方ができますよ。

 

2つ目は、美しい外観

白い外壁、そして重厚感ある城の形。これらが合わさって、とても美しい姿を見せてくれるのが姫路城です。

おすすめの楽しみ方は、様々なアングルから天守を見ることです。

このお城は、見る角度によって感じるものが変化します。重厚感があってかっこいいとも感じられ、またある角度からはスリムで美しいとも感じられる。

同じ天守ですが、いろんな感想を抱くことができる不思議な魅力をもった城ですね。

姫路城は意外と古い歴史を持っている

姫路城は池田輝政が大改修をした頃、もしくは秀吉が城主を務めていた頃から有名になったと思います。そのため、それ以前の歴史はあまり知られていないかもしれません。

しかし実際は、鎌倉時代〜南北朝時代あたりから、お城としての歴史は始まっています

この頃の国内の情勢を併せて調べてみると、姫路城についてもっと楽しく学べると思います。

 

姫路城は見ても楽しい城ですが、歴史も一緒に知っておくと、より深く鑑賞できます。

実際に姫路城を見に行く際は、歴史も併せて覚えておくことがおすすめですよ!

 

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